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8|| 創立の熱い思いを組合員とともに受け継いで ~高知県学校生協60周年レセプション

2010.6.12(土)【高知県学校生協】


▲ 「フィオーレ」による演奏
▲ 「フィオーレ」による演奏

高知共済会館で高知県学校生協さんの創立60周年記念レセプションが開催されました。県連からは宮本会長が出席させていただきましたが、私も取材と銘打って、カメラ・メモ帳片手に「潜入」させていただきました。

 5時にレセプションスタート。はじめに、実行委員長の井垣常務から、「先に開催した総会でもご報告したように、学校生協の状況は厳しいです。

レセプションの開催についてもいろんな論議をしましたが、厳しいときだからこそ生協の心意気を感じてもらおう、60年は人間で言うと還暦ですから今までの学校生協から生まれ変わる姿をみてもらおうと開催することにしました。皆で楽しんでいただける会にしたい。学校生協をはげましていただけたらと思います」と挨拶がありました。

続いて、フルートとバイオリンのデュオ「フィオーレ」の演奏。ディズニーメドレーをはじめ、アメージンググレイスなどの親しみのある曲ばかりで、会場からは一曲ごとに惜しみない拍手が起きていました。出席した皆さんの心もほぐされて、「有名な人のお話」よりもずっと楽しまれたようです。 

高知県学校生協西山理事長あいさつ
高知県学校生協西山理事長あいさつ
高知県生協連宮本会長の来賓挨拶
高知県生協連宮本会長の来賓挨拶

和やかな雰囲気のなかで、学校生協西山理事長のご挨拶となりました。理事長は、「学校生協の創立は昭和24年。戦後、何もなかった。ものも、教師も足りなかった。そんな中、ひとり100円の出資金を出し合って子どもたちのための学用品と自分たちの暮らしに必要なものを確保することから始まりました。その力の源は、学校生協のスローガン『人間らしい豊かなくらしの創造と平和をめざして協同の輪を大きくひろげよう』にあります。60周年を、生協運動の原点と60年前の先輩方の歩みを確かめるとともに、学校生協の未来も確かめるものとしたい」とお話されました。高知県生協連宮本会長はご来賓の代表としてご挨拶しました。会長からは、学校生協の活動により高知県の中に一定の存在のある協同運動が作られてきたことや、共同購入型の拠点生協を作るとき、学校生協が事務所となる倉庫や支援の人材を提供してくれたおかげで活動を進めることができたことなどをご紹介しました。そして「学校生協が高知県の生協運動に貢献してきたものは大きい。敬意を表します。いま、高知県の状況は厳しいが、経済が厳しいということは組合員の暮らしが厳しくなるということ、そして生協に対する期待は大きくなります。生協も今こそ、新しい次元へすすみたい。生協運動の地域戦略が必要ではないか、と考えています。新しい考えをともに構築していきたい。」と挨拶しました。


▲ 創立総会議案書を紹介する高知県学校生協田村専務
▲ 創立総会議案書を紹介する高知県学校生協田村専務

  次に、プログラムは「高知県学校生協60周年のあゆみ」へと移ります。登壇した田村専務は、「60年間の年表にそってご説明すると時間がいくらあっても足りないので・・・」と、おもむろに古びた冊子を取り出し、「創立総会の議事録です。生協設立のときの先輩の思いをご紹介したいと思います」と、議事の一部を披露してくださいました。議事録には、戦後の混乱した経済の中で、必要な物資を力を合わせて調達し、自分たちの暮らしと高知県の教育の場を守ろうとする決意に満ちた言葉が記録されていました。田村専務は「先人の生協に対する熱い思いを組合員とともに受け継いでいかなければならない」と締めくくられました。

 

西森元理事長の乾杯のあと、レセプションは立食での歓談にうつり、地区総代さん、県内生協、取引先、元役員、学校生協の役職員の方などあわせて95人の皆さんが、大いに懇親を深めていらっしゃいました。 

 

 何年も前に、生協の「戦跡めぐり」で高知市の城西公園にある「戦死せる教え児よ」の碑のことを知り、教育者の皆さんの反戦の決意を学んだことがあります。今回伺ったお話で、戦争直後の高知で子どもたちの教育を何とかせねばと思った方々が学校生協を設立されたことを知り、60年たった現在も、これからも、学校生協さんの原点には、平和と教育現場の子どもたちへの深い愛情があるのだと感じました。

(s)

 

乾杯
乾杯
歓談
歓談